駐在員事務所の税務の謎

「納税義務はない」のに「税務登録が必要」なドイツ駐在員事務所の税務

ドイツの駐在員事務所は「納税義務がない」と言われています。
しかし同時に「税務登録が必要」とも言われます。

この点での混乱が多いため、駐在員事務所には具体的にどのような税務があるのか、以下のように整理をしてまとめてみます。

ドイツ駐在員事務所の税務  ① 法人税(納税義務なし)

法人税 Körperschaftsteuer のほか、事業税 Gewerbesteuer、それに関わる連帯付加税 Solidaritätszuschlag と、法人の所得に対する課税は駐在員事務所にはかかりません。

これは駐在員事務所の「営業はできない」という定義と表裏一体です。売上が立たないので、したがって課税対象所得がないということになります。

なお余談ですが、法人税は国と州から課され、連帯付加税と合わせて、税率は 16%弱になります。事業税は市町村から課される部分で、税率は各自治体ごとに異なりますが、およそ 14-15% になります。主要都市のレートは当サイト「ドイツ市場情報」より各都市「進出案内」をご参照ください。

ドイツ駐在員事務所の税務  ② 所得税(支払い義務あり)

ドイツの駐在員事務所であっても、従業員の所得税 Lohnsteuer は支払わなくてはなりません。それでは「納税義務なし」と言われていることと矛盾するようですが、あくまで従業員個人の所得であるので、たしかに駐在員事務所の納税義務ではありません。

しかし、雇用者として源泉徴収をして、従業員に代わって税務署に所得税を送金する務めはあります。

なお、社会保険には雇用者負担部分と従業員負担部分がありますが、双方の合計を所得税同様に雇用者が支払います。

(ご参考「駐在員事務所の現地採用」①と②)

ドイツ駐在員事務所の税務  ③ VAT 還付(これは朗報)

ご存知ない方も多いですが、「納税義務がない」駐在員事務所であっても事業体ではありますので、一般企業と同じく付加価値税・売上税 Umsatzsteuer の還付を受けることができます。

2021年末の時点で税率は 19%(ただし短距離交通、食品、書籍などは7%)です。すなわち、業者などの外部サービスや設備には全て 19% の税金がかかっていますので、それが国からされると大きなコストセービングになります。

駐在員事務所が税務登録をすると税金番号 Steuernummer を受け取ります。以上の ② 所得税支払いと ③ VAT 還付の際に、税金番号が必要になります。

駐在員事務所の現地採用

ドイツ駐在員事務所でも現地採用は可能

ドイツの駐在員事務所は、営業目的に使うことができず、あくまで現地の出先機関として市場調査や技術サポートなどに使われます。したがって、文字通り駐在員の方がお一人で勤務されるパターンが多くなっています。

(ご参考「ドイツ駐在員事務所まとめ」「駐在員事務所にできる業務」

しかし、今後の事業の発展やサポート地域を拡大するためにローカルの社員を雇ったり、ドイツ語のできる総務や秘書の人材を現地採用したりすることはできないのでしょうか?

答えは「駐在員事務所も現地採用は可能」です。

しかし、ドイツ企業社会のデフォルトである有限会社と違って、例外的な存在である駐在員事務所(これは独立支社非独立支社も同じです)。人材採用の場合には何に注意すればよいでしょうか?

ドイツ語でも世にほとんどインストラクションが出ていませんので、この場でわかりやすく解説しておきます。

ドイツ駐在員事務所が現地採用する場合の注意 ① 所得税の支払い

駐在員事務所はドイツでの法的根拠のない存在であるとは言え(ご参考「ドイツ駐在員事務所まとめ」)、納税義務はあります。

税務署での登録と税金番号 Steuernummer の取得は必須です。それに伴って、従業員の給与はドイツで申告し、所得税 Lohnsteuer を源泉徴収の形で払わなくてはなりません。

なお、営業はしないので、法人税・事業税はありません。

ドイツ駐在員事務所が現地採用する場合の注意 ② 労働局登録

雇用をする際には労働局への事業所登録が必要です。その際に事業所番号 Betriebsnummmer を受け取りまして、この番号がその後の労働局とのやりとり(就労可能なビザ申請も含む)と社会保険の支払いで終始使われます。

この番号は、駐在員事務所であっても取得可能です。

なお、社会保険は主として健康保険と年金保険で成り立ちます(残りは介護保険と失業保険)。駐在員であれば、プライベート健康保険と「日独年金協定」を理由とした年金保険支払い免除で、別の支払い方法もあります。

ドイツ駐在員事務所が現地採用する場合の注意 ③ 労災保険

労災 Genossenschaft はホワイトカラーであっても加入しなくてはなりません。業種ごとに見合った労災機関が存在します。そこに登録して、事業所別の従業員数と就業内容を申告して、年間の保険料が決められます。

ドイツ駐在員事務所が現地採用する場合の注意 ④ 労働契約

ドイツでのビジネスに慣れている方ならばお分かりかと思いますが、労働者が守られている国ですので、契約には細心の注意が必要です。契約とその後の管理が甘いと、一年中病欠をとられてしまったり、辞めてもらうのに数年分の給与を支払うはめに陥ります。また、労働組合を作られてしまうと、解雇がより難しくなります。

私たちのクライアントには経験上ないしはドイツビジネスの常識の範囲で申し上げられるアドバイスは適宜しています。より詳しいことについては、日本人弁護士を紹介しています。

ここでは試用期間 Probezeit の設定(最大6ヶ月)を欠かさず含めるべきことだけ示唆しておきます。

ドイツ駐在員事務所が現地採用する場合の注意 ⑤ ビザ取得

これは現地採用でもドイツ国籍や永住ビザのない人を雇う場合、または駐在員自身のビザについての項目です。

駐在員事務所であっても従業員のビザ取得は可能です。しかし経験上、特に立ち上げ当初のビザ取得が困難です(独立支社非独立支社も同じです)。有限会社ならば先に法人が存在しているのでよいのですが、駐在員事務所の場合は、最初の一人が日本の本社からの派遣の下にビザを取得するからです。

田舎の外人局ですと、駐在員事務所や支社という制度に知識がないので、理解を得られなかったこともあります。そういった場合は既成事実の積み上げで説得していくことになります。ドイツの役所は意外に個々の裁量権が与えられているので、よくも悪くも交渉の余地があります。

詳しくは、ご相談ください。

駐在員事務所オフィス問題

ドイツ駐在員事務所の問題(法的根拠のない存在である)

ドイツの駐在員事務所は法律上の定めのない存在です。それゆえセットアップは簡単なのですが、契約行為に支障が出てしまいます。

それがよく顕著に出るのがオフィス物件の賃貸契約を結ぶときです。駐在員事務所の法的責任は日本の本社に帰属しますが、貸主側は責任追求のしにくい外国籍の賃借人(=日本の本社)との契約を避ける傾向にあります(EU内であれば有利です)。そこが問題です。

(ご参考「ドイツ駐在員事務所まとめ」

オフィス物件の貸主側が求める書類要件(一般)

オフィスはじめ商業物件の賃貸期間は5年と10年が標準です。それだけの長期に及ぶこともあってか、契約に当たっては信用性審査のデューディリジェンスがしっかりと行われるのが通常です。

信用審査のためによく求められる書類要件は以下の通りです

  • 登記簿謄本 Handelsregisterauszug
  • Crefo (Creditreform) レポート・スコア
  • 財務諸表(ドイツの法人が対象ですから年度決算 Jahresbericht と直近の月次財務諸表 BWA で、特に担当税理士の署名とスタンプの入ったもの)

(注: いい物件ほど取り合いが熾烈ですので、その他にもアピール資料を用意するべき場合もあります。)

さてこのうち、駐在員事務所では何が揃うでしょうか。

  • 有限会社独立支社と違って登記をしませんので、登記簿謄本はありません。
  • Crefo レポートは一般には作られていないはずです。会社名と住所だけは登録がある可能性がありますが、その場合は少なくとも傷がないことの証明と受け取られる効果があるかもしれません。
  • 財務諸表は普通はドイツのものはないはずです。

そこで、駐在員事務所は、日本の本社のものとドイツ現地であるものとを合わせて、フレキシブルに貸主側のデューディリジェンスを通過できるものを揃えなくてはなりません。

オフィス物件の貸主側が求める書類要件をどう揃えるか(駐在員事務所の場合)

貸主側の要望や着眼点によっても変わってきますが、以下のようなものを最低限揃えることになります。

  • 日本の親会社の登記簿謄本(厳密性を求められる場合にはドイツ語法定翻訳とアポスティーユが要ります)
  • ドイツの駐在員事務所の事業登録証書
  • 日本の親会社の財務諸表(英語の IR 資料が一般的です)

その他適宜、ドイツの駐在員事務所の支払い能力を日本の親会社がサポートする約束など追加書類を差し入れる工夫が要ります。あとは交渉次第です。

ドイツ駐在員事務所のオフィス問題・この苦労を避ける打開策

上記のような書類の工夫で、賃貸契約まで漕ぎ着けることは可能です。しかし、スピーディーで簡単なスタートが切れるがゆえに選んだ駐在員事務所で、法人設立並みに手間がかかってしまっては本末転倒と思われる方もあるかもしれません。

そこで、実際にとられている打開策をご紹介しておきます。

  • 個人名義で賃貸する(ただしこの場合は自営業可能なビザが必要な可能性があります)
  • デューディリジェンスの甘い物件だけを狙う
  • 取引先オフィスに間借りする
  • 有限会社に変更する

駐在員事務所にできる業務

ドイツの駐在員事務所にできる業務

ドイツの駐在員事務所は、税務登録だけでスタートできる身軽さが魅力です。(ただし、事業登録はお勧めしています。)

「ドイツ駐在員事務所まとめ」では、以下の4つの駐在員事務所 Repräsentanz の特徴を挙げました。

1)ドイツ駐在員事務所は法的根拠のない存在
2)ドイツ駐在員事務所は営業目的には利用できない
3)駐在員事務所はスタートが簡単(事業登録はおすすめするが必要ではない)
4)駐在員事務所であっても VAT 還付は可能

このうち2の「営業目的には利用できない」について、「では逆に何ができるのか」がご質問が多い点です。そこで以下、ご説明していきたいと思います。

ドイツ駐在員事務所にできる業務(考え方)

駐在員事務所は、法的に規定のない存在です。

  • そのため契約の主体は日本の本社になります。
  • 利益が上がったときには課税対象になりますので、「法的に規定のない存在」は認められなくなります。言い換えれば、日独租税協定が二重課税回避を認めない「恒久的施設」Betriebsstätte に該当してしまいまして(同第5条)、駐在員事務所の範疇を超えてしまいます。わかりやすく具体的に言うと、担当の税理士さんから「これは現地法人化しなくてはまずい」と会社形態の変更を要求されるレベルです。この場合は、現地法人(原則として有限会社)ないしは少なくとも非独立支社にする必要が出てきます。
  • したがって、一般に駐在員事務所に可能なのは、「市場調査と技術サポート」と言われます。

ドイツ駐在員事務所にできる業務(具体例)

では、具体的にどのような使い方が想定できるのか。例を挙げてみたいと思います。

  • 自社の欧州内現地法人に対して、技術サポートをする駐在員事務所
  • 自社の顧客の欧州内現地法人に対して、技術サポートをする駐在員事務所
  • 自社が今後欧州現地法人を設立するかどうかの、事前判断のための市場調査をする出先機関としての駐在員事務所
  • 一般的に欧州市場の調査をするための駐在員事務所
  • 日本・アジアとアメリカの間の時差をつなぐ連絡役になる駐在員事務所
  • 物流・在庫管理拠点としての駐在員事務所

これらのいずれか一つ又は複数を兼ねた駐在員事務所が一般的です。

ドイツ駐在員事務所にできる業務(発展例)

最後に「おまけ」として、駐在員事務所でどこまでできるかを挑戦した例をお示ししておきます。

上記の日独租税協定では、他社に自社名義で営業させると課税対象になってしまいます(同第5条5項)。しかし、「独立の地位を有する代理人を通じて」事業を行っているだけでは「恒久的施設」とはみなされないとあります(同第5条6項)。すなわち、独立した代理人を使うことは可能だということです。

そこで「代理店に営業を任せた上で、そのサポートを駐在員事務所が行う」という構図が作り得ます。

スタートのしやすさが駐在員事務所の魅力です。そこで、本格進出に先駆けて代理店経由ででも営業活動ができれば、その後の足がかりになることもあろうかと思われます。

具体的には、代理店と本社との契約、税理士さんとの合意確認が必要ですが、ご関心がありましたらご相談ください。

駐在員事務所の名づけ方

駐在員事務所など、現地法人4形態

ドイツでの現地法人の形態には、主として以下の4種類があります。
(まとめ「ドイツ現法4つの会社形態」

有限会社 GmbH 
独立支社 Zweigniederlassung
非独立支社 Unselbstständige Niederlassung (Betriebsstätte)
駐在員事務所 Repräsentanz 

そのうち、有限会社は法人格を持ち、自らの名義と責任で事業を行います。一方、独立支社、非独立支社、駐在員事務所は、あくまで本社の名義と責任で事業を行います。

独立支社、非独立支社、駐在員事務所はどう名乗るべきか

さて、本稿のテーマである名称ですが、これら3形態は親会社の名代で、親会社の名前をそのまま使います。しかし、従業員1万人の親会社の名前を、従業員5名のドイツ駐在員事務所が名乗るようなことは、対外的にも社内的にも、不都合・不自然なことも多いかと思われます。(例: Nippon Motors Co., Ltd.)

しかし幸い、以下のように支社ないしは駐在員事務所であることを付して名乗ることも可能になっていまして、それが一般的になっています。具体例はそれぞれ以下のようになります。

独立支社の場合: Nippon Motors Co., Ltd. Zweigniederlassung Düsseldorf 

非独立支社の場合: Nippon Motors Co., Ltd. Zweigstelle Düsseldorf 

駐在員事務所の場合: Nippon Motors Co., Ltd. Repräsentanz Düsseldorf 

このうち駐在員事務所については、特に法律の定めのない存在で明確なガイドラインがあるわけではありませんが、駐在員事務所は売上のあがる営業活動ができませんので、特に親会社との区別は重要です。そこで実務上、上述の通りドイツ語で駐在員事務所(代表事務所)を表す Repräsentanz や、英語で Dusseldorf representative office といったように付記するケースが多くなっています。