ドイツ飲食店開業の手続き

2013年に「ユネスコ無形文化遺産」に指定された和食。ドイツでも成長産業です。

「店舗を開けたいのだけど、何から手をつけたらよいのか手順が分からない」「開店までに何ヶ月かかるのか」と、ご相談をよく受けます。所要時間は必要な許認可の種類、改築の程度によって大きく違うのですが、ここでは以下のように店舗獲得の前と後とに分けて、概要をお示しします。

1)ドイツ飲食店開業。店舗獲得(賃貸契約)のために必要なこと

店舗の賃貸契約を成立させるまでの過程を逆算して示します。

賃貸契約成立
(その後に、敷金、仲介手数料、初期家賃など振り込み)
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物件審査通過
(一般に求められるものは、プレゼンテーション資料、個人信用情報 SCHUFA会社信用情報 Creditreform、パスポート・ビザや住所といった基礎的個人情報、など)
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物件捜索・発見・申し込み決定
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事前準備
(コンセプト策定、都市決め、事業形態決定《個人か法人か》、契約住所確定)

以上が標準的なフローチャートです。

注意したいのは、物件申し込みの時点で、貸主からの審査に耐え得るコンセプトや事業モデルがあること(よい物件ほどセレクションは熾烈です)、事業形態と住所が決まっていること(審査ならびに契約書作成のため)、初期費用の準備があることです。詳しくはご相談ください

気になる所要時間ですが、これは「ご縁」次第になります。経験的にはわずか1週間で発掘・申し込みから契約に至った奇跡のような例もありますが、それは単に運がよかっただけでなく、コンセプトや店舗設計のイメージが元々固まっていたこと、提出資料が既に揃っていたことなど、事前準備が先にできていたから可能となりました。

2)ドイツ飲食店開業。店舗獲得(賃貸契約)後にやること

  • (必要な場合)用途転用 Nutzungsänderung 申請
  • 内外装工事と設備の買い入れ・設置
  • 人材採用・衛生局資格取得
  • アルコール提供 Alkoholausschank 許可の申請
  • メニュー策定や仕入れ先確保
  • ファサードについての建築局申請

賃貸契約締結後には、一般的には家賃がかかるので、早く開店まで運びたいところです。たしかに早い例では2ヶ月以内でオープンできた経験がありますが、一般的には3ヶ月から半年程度かかってしまうものです。特に工事業者のアレンジや監督がボトルネックになることが多くあります。

また、一番上に挙げています用途転用がうまく進まず、賃貸開始から2年以上オープンできなかったケースを聞いたことがあります。

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GmbH という言葉の意味

ドイツの会社では社名の終わりに GmbH がつくものが大多数です。ゲーエムベーハーと呼びます。何の略かと言うと長くなりますが、Gesellschaft mit beschränkter Haftung でして、責任 (Haftung) が限られた (beschränkt) 組織 (Gesellschaft) になります。mit は英語で言うと with ですから、英訳すると Company with limited liability でして、つまり有限会社です。

有限会社の特徴は別の記事でも説明していますが、ドイツの社会では最も利便性と信用力のバランスのとれた会社形態であるとして多用されています。
(ご参考記事「ドイツ有限会社の特徴7点」

事実、日本では有限会社と株式会社の数はほぼ同じぐらいですが、ドイツではなんと株式会社の数の70倍もの有限会社が存在します。
(ご参考記事「有限会社の多いドイツ」

上場や頻繁な株式の譲渡、株式を使ったM&Aなどを想定しない限りは、株式会社化する必要はないというのが、ドイツの制度と気質を背景とした上での、一般的な経済社会の通念です。したがって、中には意外な有名企業が GmbH のままであることも稀にあります。
(ご参考記事「こんな大企業も有限会社」

AG という言葉の意味

ドイツの会社では社名の終わりに AG(アーゲー) がつくものがあります。AG とは Aktiengesellschaft の略で、株式会社の意味です。このうち Akiten が株式で、Gesellschaft が共同体や組織を表します。(有名なマックス・ウェーバー著「ゲマインシャフトとゲゼルシャフト」の題名の後者に当たります。)

ドイツでは法人の中では有限会社が大多数を占めますが、有限会社の持ち分には流通性がありません。そのため、株式の流通とりわけ上場を想定するならば、原則として AG の形態をとる必要があります。

事実、上場している企業はほとんどが AG です(一部に SE という欧州株式会社もあり)。馴染みのある会社としては、Adidas AG や Siemens AG、それから Volkswagen AG、ベンツの Daimler AG、BMW の Bayerische Motoren Werke AG などがあります。また、カメラの Leica Camera AG やアパレルの Hugo Boss AG なども株式会社です。

逆に上場や頻繁な持分の譲渡を想定しないのであれば、有限会社 GmbH で十分であるというのが社会一般の認識です。(ご参考「『有限会社』の概要」

署名(サイン)について

ドイツは署名(サイン)中心社会

ドイツでは他の欧米諸国と同様、署名が契約の締結に必要となることがほとんどです。日本における印鑑の役割を、署名が果たします。なお、2021年11月の現段階において、電子署名は普及していません。

簡単な契約では印刷・署名・スキャンしたものをPDFの形でメールで交わしたりすることも多い一方、重要な契約になればなるほどオリジナル原紙に手書きでサインすることが重んじられる傾向が残っています。

会社設立についても例外ではなく、有限会社の設立証書には会社代表者が公証役場で直接サインする必要があります。また、日本の親会社からの設立委任状には署名にアポスティーユまでつけてオリジナルを日本から送ってもらう必要があって時間と手間がかかります。(ご参考: ドイツ会社設立の手続き

【おまけ】署名はパスポートと同じサインでよいか

「署名はパスポートと同じサインでよいか?」は、よくいただくご質問です。上述のような会社設立の場合には本人確認書類としてパスポートが重要になってきますので、パスポートと同じサインで行うのが正しいと考えられます。(公証役場での設立証書サインの際には、パスポートのコピーもとられます。)

ところで、パスポートの署名は漢字にされている方も多いと思われます。上記のような場合には、そのまま漢字で署名します。また、漢字は真似がされにくいのでカードの盗難など防犯対策として有効な面があります。しかし、常に必ず漢字で署名しなくてはならないかというと、そうとも限りません。

上記と違って役場を通さないレベルの賃貸契約など一般の契約で(特に田舎の場合は)「何が書いてあるか判じることができない」という理由で、漢字での署名が受け入れられないケースがごく稀にあります。そういった場合、ローマ字・筆記体のサインにしてしまって実務上問題はありません。

また、サインする枚数が多すぎて漢字で書いていられない場合も、同じくローマ字・筆記体にして実務上通るようです。

具体的には、契約の内容や相手方、書類要件などによりますので、相談して進めることが重要です。

プロクリストとは

ドイツの会社組織に詳しい方はプロクリスト Prokurist という役職(大多数をしめる有限会社において定められた役職)をご存知かもしれません。

プロクリストは、会社から代表権を与えられた個人で、真の会社代表である取締役に準ずる立場になります。商業登記に名前が載る役職です。手元にある日本語の教科書では「支配人」という訳語が充てられていますが、わかりやすく言うと「サイン権のある部長職」といった便利な役どころです。

たとえば、総務担当のプロクリストが、駐在員のために会社名義で借りた居住用不動産物件の賃貸契約書にサインする、といったケースが一例です。

しかし実務の上で、契約の相手方によっては「取締役の署名でないと認めない」と主張されてしまった経験がないではありません。事実、会社オーナーから直接に会社経営を委託された経営者ではありませんので、取締役とは重みに違いあることは否めません。